映画『THE FIRST SLAM DUNK』

公開当時SNSを見渡せば絶賛の声で溢れかえっていました。
しかし自分にとって、この映画は「最高」ではなく、むしろ言葉にできないほどの悔しさと違和感が残る作品でした😭
どうしてもこの映画は、私が愛し『SLAM DUNK』とイコールで結びつかなかったのです‼️
その理由を、ここに書き残しておきたいと思います📝
1. 過程のない「山王戦」への違和感
山王戦といえば、原作における最高峰のクライマックスです⛹️
あの試合の1ゴール、1プレー、そして選手たちのセリフや心情に涙したのはなぜか‼️
それは、桜木花道が入部し、泥臭い基礎練習を積み重ね、キャプテン赤木を中心に湘北メンバーが衝突し合いながらも絆を深め、死闘の末に全国行きを決めたという「そこに至るまでの圧倒的な過程」があったからです‼️
今回の映画は、その歴史をバッサリと切り落とし、「試合のシーン」だけを抽出してしまいました。
(しかも宮城の回想も入ってくる)
脳内補完しようにも、この後に説明する「キャラクターの違和感」のせいでそれすらできません。積み重ねのない山王戦は、私にとっては記号的な試合に見えてしまい、原作が持っていた熱量を感じることはできませんでした💧
2. 求めていたのは「バスケ部の物語」だった

本作では宮城リョータが主人公となり、彼の知られざる生い立ちや重い家族のドラマが軸として描かれます。
しかし、漫画『SLAM DUNK』は、私生活や家庭環境をほとんど描かず、ただ「体育館の中の彼ら」の熱量だけで物語を転がしたストイックさにあったと思っています。
主人公である花道でさえ、家庭の事情はほんの一瞬しか描かれません。
バスケという競技、そしてバスケ部という場所に全てを懸けた高校生たちの青春に焦点を当てていたからこそ面白かったのに、そこへ激重な家庭のトラウマを乗せられてしまったことで、作品のジャンルそのものが変わってしまったようなちぐはぐさを感じてしまいました💧
主要キャラクターたちに感じた「違和感」
映画を観ている間、そこにいる彼らが「私の知っている湘北メンバーではない」という感覚がずっと付きまとっていました。
今作の主人公はリョーちんだったので、今回は彼についてだけ語りたいと思います。
お調子者の切り込み隊長はどこへ?

原作のリョータは、彩子さんに格好良いところを見せたく調子にのったり、体格差に悩みながらも不敵な笑みを浮かべて「流れは自分たちで持ってくるもんだろ!」とチームを引っ張る、桜木からしたら兄貴分であり、ゴリからしたら生意気だけど頼りになる切り込み隊長でした。
しかし映画での彼は、背負ったトラウマと過去の影に押し潰されそうな「暗く静かな青年」に見えてしまったのです。人間的な魅力を支えていた「ノリの良さとタフさ」が消えてしまったのが悲しくてなりませんでした😭
とてもリョーちんと呼べるような親しみやすさはありませんでした。
3. 「リアル路線」が残念
本作の大きな特徴である、最新の3D CGによるリアルなバスケの動き。確かに凄まじい映像技術ですが、観終わった後に強く思ったのはこれでした。
「本物のバスケが見たいわけじゃない💦『SLAM DUNK』がみたいんだ…🔥」
映像や声優陣の演技を現実(リアル)に寄せれば寄せるほど、淡々と消化される名シーンと少年漫画としての名言が浮いてしまうという状態に。
あのリアルな空気感の中で「ヤマオーは俺が倒す!by天才桜木!」とやられても、どこか冷めてしまう自分がいました。リアルな高校生はこんな事言いません。
声優陣に関しては旧キャストからの変更よりも、「リアルな演技」で演じてしまっているのが残念でなりません。
さらに、冒頭のオープニングで湘北メンバーが音楽に合わせて鉛筆画から描かれていく演出にも、「リアルな高校生」を描こうとしているくせに、どこかメタ的な視点(「私が描いたキャラクターですよ」という作者の自己主張)を感じてしまいました。
映画を見始めた時は最高に気分があがったシーンだっただけに見終わった後の嫌悪感が凄かったです。
4. 原作者が監督という「逃げ場のなさ」
何より絶望したのは、これが「原作者である井上雄彦先生自らの手によって作られた」という事実です。

もし別の監督による作品であれば、「解釈違いだ」と一蹴して自分の思い出を守ることができました。しかし、生みの親に「正解はこれです」と提示されてしまうと、自分が何十年も愛してきたスラムダンクを公式から否定されたような、居場所をなくしたような寂しさに襲われました。
歳を重ねた作者の芸術的な作家性を、20代の爆発的なエネルギーで作られた過去の少年漫画に強制適応させた結果、決定的なズレが生まれてしまったように感じます。
そして、赤木剛憲役を演じられた声優の梁田清之さんが2022年に亡くなられた今、私が愛した「あのオリジナルキャストの声と演技による、山王戦」を映像として観られる可能性は永遠に閉ざされてしまいました。
『THE FIRST SLAM DUNK』が映像としての「唯一の山王戦」として残り続けることが、一人のファンとして悔しくてなりません。
世間がどれだけこの作品を絶賛しようとも、原作者がこれが正解だと言おうが、私が映画館で感じたこの悔しさと違和感は、ファンとしてこれ以上ないほど純粋で、本物の感情です。
自分が熱狂し、胸の中で大切に育ててきた「あの泥臭くて熱い湘北メンバーの姿」こそが、私にとっての唯一無二の『SLAM DUNK』です。それだけは、誰にも上書きさせないつもりです。